コンテンツにスキップ

歩くとき、なぜ右手と左足が組むのか――『鏡経』の交叉経絡観

〈八舍〉の冒頭は意外である。

経穴表から始めず、人の歩行から始める。

人が歩くとき、右手は左足と比して進み、左手は右足と比して進む。手足が交互に移って前へ進むのは、経の気が比類するためである。比とは、一同して和し、相い司って応ずることである。

誰でも観察できる現象で、歩行時に上肢と下肢が対側性に協調する。

〈八舍〉の中心は単一経脈ではなく、異なる経脈間の協調だからである。

歩行を見ると、人体運動は右半身だけが右半身と協力するのでも、左半身が独立するのでもない。上・下・左・右に交叉協調がある。

本文はこれを「比」「相司以応」と表現する。

ここでの「比」は「一同而和、相司以応」と説明される。二つの位置が機能関係によって協調する、という意味に近い。

だから八舍表では、

  • 右手少陰が左足太陰を兼ねる。
  • 右手陽明が右足少陽と和する。
  • 左手厥陰が左足少陽と並ぶ。
  • 右手厥陰が右足太陰に勝つ。

といった具体的配対が多数現れる。

手足経を無作為に組み合わせているのではなく、「異位置が相司相応する」という前提がある。

六経は網であり、六本の平行線ではない

Section titled “六経は網であり、六本の平行線ではない”

第三輯で太陰太陽は経緯、少陰少陽は枢持、厥陰陽明は四維を作ると見た。

八舍ではその抽象空間が左右手足の跨経配対へ具体化する。

八舍で本当に問うのは、二つの節会の間にどんな気の関係が生まれるかである。

だから後には「専・勝・兼・並・和」などの関係語を使い、単純に一経が虚、一経が実とは言わない。

歩行はあくまで導入である。

本文はすぐ十二経と三百六十五節へ拡張し、左右の気、上下の位が気交の中で営衛溪谷大会の舍を形成すると述べる。

身体内の多くの位置が交会点になりうる。

したがって「八舍」は八つの固定点ではなく、気化節会がどう組み合わされ、移動し、相互に応じるかを記述するモデルである。

次篇では八舍の空間基盤となる溪・谷・節・舍を整理する。