黄鐘六十分と蕤賓五十三分――正常な脈律から偏移をどう見つけるか
〈奇恒〉はまず全書最初の基準を再確認する。
呼吸定息で脈五動、気行六十分、引縄のように大小が等しく上下相応し、ともに往来するものを平人という。
この脈道を黄鐘と呼ぶ。
ところが同じ章は続けて別の尺度を示す。
一呼の脈動は成から起こり、再動して釈に至って隴起し、進へ入って気行二寸七分。一吸の脈動は勤から起こり、同じく進へ入り、気行二寸六分。一息を合わせて五寸三分、律は蕤賓に従い、右足太陽の律である。
これは「六十分」が唯一の正常尺度ではないことを示す重要な例である。
黄鐘は基準だが、全経が六十分とは限らない
Section titled “黄鐘は基準だが、全経が六十分とは限らない”十二律はそもそも異なる律度を立てる体系である。
したがって診断では「六寸かどうか」だけでなく、今どの経を観察しているか、どの律に従うべきか、起止候位は一致しているかを問わなければならない。
呼と吸は完全対称でなくてもよい
Section titled “呼と吸は完全対称でなくてもよい”この例では呼が二寸七分、吸が二寸六分、合計五寸三分である。
『鏡経』のモデルは一息を必ず完全な半分ずつへ切るのではなく、呼吸二相の分度差を許容している。
「得位/失位」が臨床的核心
Section titled “「得位/失位」が臨床的核心”続く原文は真気の加減、所勝・所不勝、順逆、邪気について論じる。
「至ってその位を得て起こる」「所不勝に至って甚だしい」とされるため、数値だけでなく位置と時相の適合が重要である。
奇恒の枠組み
Section titled “奇恒の枠組み”ここまでで、
常を定める → 所属律と候を定める → 波形と行程を見る → 加減・順逆・得失を判定する
という診断枠組みが見える。
次の〈揆度〉では、これらを一つの正式な推演手順へまとめる。