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太陰の人――三出一入と九分の脈

太陰の人の正常基準は、少陰とは明らかに異なる。

三出一入、太陰の人、脈律は黄鐘・南呂。太陰の脈は動揺九分……呼吸定息で脈五動、気行六寸なら常。

総数だけ見れば「五動六寸」へ戻るが、その内部構造は前半の単純な「呼二・吸二」とは異なる。

原文は「天地精気、大数常出三入一」とし、一呼で脈三動、一吸で一動を与える。

同じ総脈動数でも、呼と吸への分配が異なる。

つまり『鏡経』は総数だけでなく、どの呼吸相位に脈動が配置されるかを見る。

〈奇恒〉では太陰太陽の基準を九分とした。

ここでも九分が再び現れる。

太陰の人の常態は「五動」だけではなく、九分動揺と黄鐘・南呂の律度背景を同時に満たす必要がある。

原文では、

定息九分に動いて躍らないものは足太陰の息。搖躍して高下九分なら手太陰の息。手太陰は陰の清を独受し、足太陰は陰の濁を独受する。

とする。

同じ九分でも「躍」の有無で手足を分ける。

病態はこの個体基準からの偏移

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後文に示される重中散、前不至寸、右転出などの異常は、まず太陰の正常波形を定めた後で意味を持つ。

まさに奇恒の原則――先に恒を定め、そこから奇を測る――の実践である。

次篇では厥陰の人へ進み、四出一入・三分動揺・一息六動というさらに異なる常態を見る。