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なぜ十二律が人体へ入るのか――六経と十二律の配対

〈六十首〉には非常に重要な配対表がある。

黄鐘・南呂は太陰。
蕤賓・夾鐘は太陽。
太簇・林鐘は少陽。
夷則・大呂は少陰。
姑洗・仲呂は陽明。
無射・応鐘は厥陰。

十二律は六組に分かれ、各経に二律ずつ配される。

第一輯で黄鐘は「平人一息気行六寸」の脈道基準として置かれ、後の〈揆度〉では大呂五十七分半など各律の分度が示される。

したがって『鏡経』の医学文脈で律は少なくとも「脈息運行尺度」の役割を持つ。

六経と十二律の配対は、まず六経の気行を十二の異なる節度/分度座標へ割り振るものと読む方が、固定周波数へ直結させるより本文に忠実である。

本文は現代的な理由を説明しないが、十二律を六対へ均等に分けている。

さらに終盤の「少陰之人」などでも、各人型の脈律を二律で表す。少陰は大呂・夷則、太陰は黄鐘・南呂、厥陰は応鐘・無射、少陽は太簇・林鐘、陽明は姑洗・仲呂、太陽は夾鐘・蕤賓。

これはここでの六経配律と一致する。

つまり一時的な象徴配属ではなく、全書後半まで反復利用される基本コード表である。

本文はさらに六経を三対へまとめる。

  • 太陰と太陽。
  • 少陰と少陽。
  • 厥陰と陽明。

そしてそれぞれを「経緯」「枢持」「四維」の働きへ結びつける。

十二律は六経名へ単独で貼られるのではなく、より大きな空間構造へ入る。

律が六経を可操作な位置へ変える

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六経が六つの病類名だけなら六十首の細分は難しい。一経が二律に分かれると、位相あるいは尺度の層が増える。

さらに気化十音、十分度、左右位置を加えれば、同じ太陰の中にも多数の状態を記述できる。

『鏡経』は一語で全現象を包まず、状態を組み合わせ可能な複数軸へ分解する。

次篇では、三対六経が作る「経緯・枢持・四維」を見て、六経を六本の線としてだけ理解できない理由を考える。