首と舍――一つの状態コードから気の行方を推す
立首した後、『扁鵲鏡経』はこう続ける。
音が立てば首の始めを知り、首が立てば舍の気行を知る。舍は首の象であり、首は舍の気である。
非常に凝縮された関係式である。
首は「どこから始まるか」、舍は「どこに落ちるか」
Section titled “首は「どこから始まるか」、舍は「どこに落ちるか」”人体気化を動的システムと見るなら、起始コードだけでは足りない。その状態が経絡の気交ネットワーク中のどこへ落ちるかも必要である。
したがって、
- 首:状態の起点。
- 舍:状態が現れる気交位置。
- 気行:首と舍の間で展開する運動。
本文はさらに、
気は息動の原、象は変化の度。象・気・首・舍は帰蔵の器である。
と述べる。
気と象は別世界ではない。気が動けば、象が観察可能な変化尺度を与え、首と舍が両者を接続する。
なぜ十音と十二律を合わせるのか
Section titled “なぜ十音と十二律を合わせるのか”本文は明言する。
気化十音と十二律が相合して、はじめて七十二舍の気交の度を知る。
第三輯全体の総式と読める。
十音は状態関係、十二律は運行尺度を担う。両者が合わさって初めて七十二舍へ進める。
「質安黄鐘」のような形式は三つの文字の並びではない。
- 質:分度。
- 安:気化合度関係。
- 黄鐘:律度。
三軸が合成され、舍位を推せる状態コードになる。
首と舍が動的診断の骨格を作る
Section titled “首と舍が動的診断の骨格を作る”静的診断は「今はどの類か」だけを問う。
動的診断はさらに「どこから来たか」「どこへ向かうか」「どの位置で交会しているか」を問う。
首と舍がこの不足を補う。
だから本文は「脈を訣してその変を知り、化を明らかにして病を知り、気を和してその稟に適う」とする。病を知るのは変化・気化の後であり、立首より前ではない。
第三輯の連鎖はここで完成する。
十音状態 → 十二律尺度 → 合成して首を立てる → 首から舍を推す → 舍で気行を観察する。
次の輯では本格的に「舍」の空間へ入る。入口は意外にも、人が歩くとき右手と左足、左手と右足が協調するという日常観察である。