寸口と脈口は同じではない――三寸・九野・二十七候
現代では「気口・寸口・脈口」をほぼ同じ部位の別名として扱うことがある。
しかし〈奇恒〉では、三者の範囲をわざわざ区別している。
まず、
気口とは、手魚際後の三寸分野、経気大会の宗である。
続いて、
寸口の脈は手魚際後一寸九分……その一寸一分から三寸で脤として動くものを脈口の脈という。
少なくとも『鏡経』のこの章では、三つの名称は同一範囲ではない。
気口――三寸全体の観測領域
Section titled “気口――三寸全体の観測領域”気口は最も大きい領域である。
魚際横理から肘中横理までの骨度比を使って三寸を取り、その中へ寸・関・尺と二十七候を配置する。
寸口――前方にある比較的見やすい脈動領域
Section titled “寸口――前方にある比較的見やすい脈動領域”寸口は手魚際後一寸九分とされ、「天真委和之気」が大会して比較的現れやすい場所と説明される。
さらに「脈動末界」を基準にする。抽象的な名前だけでなく、実際に脈動がどこで終わるかを定位材料とする。
脈口――さらに後方へ広がる脈動範囲
Section titled “脈口――さらに後方へ広がる脈動範囲”魚際後一寸一分から三寸までの動脈領域を脈口とし、その末界は関前一分とする。
古代分度を現代的にどう再現するかは別問題だが、作者が脈動の出現・消失の空間境界を重視していることは明確である。
二十七候には明確な座標が必要
Section titled “二十七候には明確な座標が必要”周・差・進・断……という候名は、三寸の基準線がなければただの言葉になる。
〈奇恒〉は気口を「三十分之」して各候を具体分野へ置き、再現可能な定位法を作ろうとしている。
次篇では、その座標の上で脈がどれだけ湧き、どれだけ大きく、どちらへ広がるかを読む。