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脈は一本の線ではない――波湧・隴起と三分・六分・九分

『扁鵲鏡経』の脈診は、単に一分間に何回跳ねるかを見るものではない。

〈奇恒〉では脈動の幾何形態を直接記述する。

太陰太陽の脈は波湧九分して隴起し、陽明厥陰は波湧三分、少陰少陽は波湧六分して隴起する。

続いて、

波湧は動揺の高下、隴起は動揺の大小である。小は鋭く短く、大は広く長い。

と定義する。

波湧は高さ、隴起は大きさを示し、さらに広・鋭・長・短が加わる。

脈象は少なくとも振幅、幅、形態をもつ多次元信号になる。

単純な「浮・沈・遅・数」だけではなく、波形が気口空間をどう占めるかを記録している。

本文は、

  • 太陰・太陽:九分
  • 少陰・少陽:六分
  • 陽明・厥陰:三分

とする。

この三尺度は全書末尾の六類人でも再出するので、偶発的な数字ではない。

最も慎重には、『鏡経』内部の動揺分度基準とみなすべきである。現代のミリメートル変位や脈圧と直接同定するには実験が必要である。

原文は「脈後大前鋭」「前大後鋭」といった形も挙げ、特定候を一分・二分・三分超えるかどうかも判定材料にする。

病は単に「大/小」だけではなく、波形が気口の前後へどう展開するかを含む。

ここまでを統合すると、一回の観察には、

いつ起こるか、どの候で隴起するか、何分動揺するか、広いか鋭いか、前後どちらへ進むか、呼吸のどの相位で現れるか

が含まれる。

次篇ではこの形態解析と十二律を接続し、黄鐘六十分と蕤賓五十三分を比較する。